気づいてみれば、Blogに進路について書いてなかったので、ご報告。
色々と悩んだけど、Columbia Business Schoolに進学することにした。
「色々」と書いたが、「色々」では語りつくせないくらい、正直相当に悩んだ。自分だけの基準では判断に誤ると思い、大変多くの方に話を聞いてもらい、貴重なアドバイスを頂戴した。本当に有り難く、感謝の気持ちで一杯。溢れそうである。。
中でも、Tuckの卒業生である会社の先輩はLBSにExchangeしていた経験があり、米欧ビジネススクールの違いについて1人の視点から比較するという非常にレアなアドバイスを頂くことが出来た。
また、同じように学校選択に悩んだ経験をBlogに書いていたKelloggの在校生にいきなりメールして、悩み相談したりした。彼女からは本当にグサッとくるアドバイスをもらった。「自分の選択が正しかったと後から思えるようにするしかない。」と。
そして、同期入社なのに2回も飛び級して既に弊社のSenior Managerになっている親友からも猛烈に温かいメッセージをもらった。初アサインも同じ、そして人生で一番辛かったプロジェクトでも机は隣り同士、同じ釜の飯を食ったと言える人は今の会社には殆どいないが、本当に尊敬できる「釜飯」仲間である。彼には「ポン」と背中を押された。自分の仕事も滅茶苦茶忙しくて、奥さんも妊娠中で大変な時なのに。能力、コミットメントともに絶対に彼には敵わないと思うが、こういうことされると一生敵わないと思わざるをえない。勝てるのは英語だけだ(笑)本当にありがとう。
しかし、最大級の賛辞を送りたいのは、妻に対してである。恐らく、いやきっと、受験の時から連綿と続いた僕の覚悟を問う数多の挑発的発言が無ければ、そもそも2校中2校から合格を貰うというミラクルも起こらなかっただろうし、いわんや、学校選択もここまで突き詰めて考えることは無かった。喧嘩になることも沢山あり、羽紗にも辛い思いを何度もさせてしまった(ごめんよ)が、彼女との対話なしには、この成功はなかった。基本的に意志が弱く、何事も長いものに巻かれろ気質だった僕にとって、彼女は最高のスパーリングパートナーだった(きっと、本人的には大迷惑なんだけどね・・)。かなり人間的に成長できたと思う。彼女との実戦さながらのスパーリングで。
今の僕に課せられた使命は1つだ。自分の選択を実りあるものにすること。それは、家族のため、自分のため、そして支えてくれた周囲の人たちのために。だから後ろは振り返らない、そして、批判、非難されても自分の信念を曲げちゃいけない。 自分で選んだ道を生かすも殺すも自分次第なんだ。
先日、ビザ取得のためにアメリカ大使館に行った。勿論私服で。そして超砕けた格好で、アメリカ大使館の隣にある弊社オフィスを素通りしてやった(笑)予想外に推薦状を書いてくださった弊社パートナーに溜池山王駅ですれ違うというハプニングがあった。「ビザです、ビザ」と遊び呆けているわけじゃないことを必死でアピールしたりした。よりにもよって、Nさんじゃなくても・・・。ま、どうでもいい話だが、とりあえず準備は進んでいるよってことで。
さて、このBlogの今後について。とりあえず、StanfordっぽいBlogのタイトルをColumbia風にするかは置いておいて(笑)、プレ留学日記/留学日記という形で続けていこうと思う。勿論、時間の許す限りだけど・・・。
そういうことで今後とも宜しくお願いします。
2010年11月10日水曜日
2010年11月1日月曜日
Still in work?
先週でプロジェクトを出たかと思いきや、何故か昨日今日と連続してクライアントサイトに出社し、ミーティングにも出る羽目に。朝はこれまで通りの時間に起きて、羽紗を保育園に送り、18時には保育園に迎えに行く。そして、羽紗が寝るまでは時間が使えないから、割と時間に余裕が無い。日中の8時間くらいと、夜23時~3時くらい。学校が始まったら寝れないはずなので、今のうちに寝て起きたかったのだけど(笑)
事前課題が、、終わりません、、(泣)
事前課題が、、終わりません、、(泣)
2010年10月31日日曜日
Grateful days.
今日は早慶戦に顔を出してきた。早慶戦と言っても、神宮を沸かす野球の早慶戦ではなく、バドミントンの早慶戦の方。毎年、開催校は順繰りに入れ替わりで、今年は慶応義塾大学日吉キャンパスが会場。実は、2007年に日吉に引越してから、1度も早慶戦に足を運んだことがなく、「お前は日吉に住んでるのに、早慶戦に1度も顔を出してないじゃないか」なんて小言を言われたりしていた。暫く日本を離れるので、ますます付き合いの悪いOBというイメージが定着してしまわないように、レセプションだけ参加してきた。
バドミントンの早慶戦も長い歴史を誇る。今年で58回目を数え、レセプションには何と第3回大会から参加されているというOBの方もいた。早稲田は男女ともに関東1部に所属し、慶応は男子が5部、女子が3部と今では実力では大きく開きがあるため、昔に比べれば見応えのある現役戦というのは少なくなってしまった。伝統の一戦というのには若干役者不足感は否めないが、レセプションでは実力は関係なく、早慶の現役、OBが一緒になって親睦を深める。その点は今も昔も(お酒の強要度は大分減ったけど)変わりは無い。上は80代から、下は10代まで集まるというのはそうそうあったものではない。
昔からお世話になっているOBの方々には留学することをご報告した。OBの中には、上場企業で役員をされている方など、ビジネス界で成功を収められている方も多くいらっしゃる。「頑張ってこい」と励ましのお言葉を沢山頂いた。僕が大学卒業時から「将来はビジネススクールに留学したいんです」と言っていたことを覚えて下さっていたOBの方もおり、「夢を実現するなんて素晴らしいじゃないか。頑張ってこいよ。」と大いに激励された。こうやって会うにつけ、色々とご指導くださる諸先輩方がいらっしゃることは本当にありがたいこと。早稲田に入り、バドミントン部に入って、4年間続けて本当によかった。ビジネススクールへの留学も振り返った時に「本当によかった」と思えるものにしたい。
さて、レセプションの場で、早稲田大学で職員をしている後輩に聞いたのだが、僕が卒業した政治経済学部にも遂に英語だけで卒業できるトラックが出来たらしい。僕が学生だった頃は国際部(海外からの留学生が所属する学部)だけが唯一英語で授業を実施していた。他学部生は英語の試験をパスすると聴講が許されたので、卒業の単位には参入されないのを覚悟で聴講試験を受け、海外からの留学生に交じって授業を受けていた。ディスカッションをベースに進む授業は本当に新鮮だった。ただし、毎回授業の準備が大変であり、"What else?"と言って生徒を当てまくる教授にビビりながら授業を受けていた。卒業後に、国際経済学科が出来たり、国際教養学部が出来たりと、グローバル化に向けた改革は進んでいったが、政治経済学部にも英語で卒業出来るトラックが出来たのはいいことなんじゃないかと思う。留学生を呼び込むことが出来、教授も学生も国際化しないといけない。今の会社には国際教養学部卒の後輩がいるが、英語も喋り堂々と海外を相手に仕事をしている。彼女は1年間海外の大学で学んでいるが、やっぱりそういう環境に身を置くということは大事だと思う。政治経済学部で学びながら英語漬けの日々を送れるのであれば、素晴らしいことだと思う。こういう流れがどんどん起こることが必要だ。
バドミントンの早慶戦も長い歴史を誇る。今年で58回目を数え、レセプションには何と第3回大会から参加されているというOBの方もいた。早稲田は男女ともに関東1部に所属し、慶応は男子が5部、女子が3部と今では実力では大きく開きがあるため、昔に比べれば見応えのある現役戦というのは少なくなってしまった。伝統の一戦というのには若干役者不足感は否めないが、レセプションでは実力は関係なく、早慶の現役、OBが一緒になって親睦を深める。その点は今も昔も(お酒の強要度は大分減ったけど)変わりは無い。上は80代から、下は10代まで集まるというのはそうそうあったものではない。
昔からお世話になっているOBの方々には留学することをご報告した。OBの中には、上場企業で役員をされている方など、ビジネス界で成功を収められている方も多くいらっしゃる。「頑張ってこい」と励ましのお言葉を沢山頂いた。僕が大学卒業時から「将来はビジネススクールに留学したいんです」と言っていたことを覚えて下さっていたOBの方もおり、「夢を実現するなんて素晴らしいじゃないか。頑張ってこいよ。」と大いに激励された。こうやって会うにつけ、色々とご指導くださる諸先輩方がいらっしゃることは本当にありがたいこと。早稲田に入り、バドミントン部に入って、4年間続けて本当によかった。ビジネススクールへの留学も振り返った時に「本当によかった」と思えるものにしたい。
さて、レセプションの場で、早稲田大学で職員をしている後輩に聞いたのだが、僕が卒業した政治経済学部にも遂に英語だけで卒業できるトラックが出来たらしい。僕が学生だった頃は国際部(海外からの留学生が所属する学部)だけが唯一英語で授業を実施していた。他学部生は英語の試験をパスすると聴講が許されたので、卒業の単位には参入されないのを覚悟で聴講試験を受け、海外からの留学生に交じって授業を受けていた。ディスカッションをベースに進む授業は本当に新鮮だった。ただし、毎回授業の準備が大変であり、"What else?"と言って生徒を当てまくる教授にビビりながら授業を受けていた。卒業後に、国際経済学科が出来たり、国際教養学部が出来たりと、グローバル化に向けた改革は進んでいったが、政治経済学部にも英語で卒業出来るトラックが出来たのはいいことなんじゃないかと思う。留学生を呼び込むことが出来、教授も学生も国際化しないといけない。今の会社には国際教養学部卒の後輩がいるが、英語も喋り堂々と海外を相手に仕事をしている。彼女は1年間海外の大学で学んでいるが、やっぱりそういう環境に身を置くということは大事だと思う。政治経済学部で学びながら英語漬けの日々を送れるのであれば、素晴らしいことだと思う。こういう流れがどんどん起こることが必要だ。
2010年10月30日土曜日
2010年10月29日金曜日
The last day, the first day...
今日がプロジェクト最終日だった。
かなり切羽詰まった大事なところではあったが、合格前から宣言していた通り10月末で抜けさせてもらうことにした。先見の明があったわけではないが、準備が全く進んでいないのでこのタイミングで抜けないと厳しかったかもと思ってる。横浜の今の家は引き払い、妻と羽紗は四日市に帰省するので、荷物を実家、祖母宅、四日市に振り分けて運びきらないといけないし、不要な荷物はせっせと処分しないといけない。ビザ取得も事前課題もこれから本腰を入れて手続きだったり課題に取り組まないといけない。渡航前のウォーミングアップに英語漬けにしておかないといけないから英語漬けの環境も作らないといけない。そんな準備だったりを仕事と平行して行うのはかなり難しいと思う。
相当に強引な抜け方をしたので、先輩や同僚、そして後輩達には相当に迷惑をかけてしまったのは申し訳ないと思ってる。そして、暖かく送り出してくれたチームリードのシニアマネージャには本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。彼が最も一番辛い状況においやられているのに、懐の深さは本当に凄いと思う。
実はお客さんへの挨拶を全て済ませたわけではなく、また引き継ぎも少しだけ残ってるので、来週も時間を決めてジョブサイトを訪れることになっているのだが、会えなくなる人もいるかもしれないので他チームのメンバーにもお礼と挨拶をした。今の会社に帰ってくるつもりだが、何だか今日で会社を辞める人のような気分だった。
しかし、感慨に浸ってばかりもいられない。今日でプロジェクトは最後だが、同時に僕にとってはスタートでもあるのだ。
明日は羽紗を連れて国立の実家に帰る。両親に今後のプランについて説明し、「我がまま息子」が妻と子供に迷惑をかけることになるので、僕が日本を離れてからも最大限に家族を助けて欲しいとお願いしにいく。準備はあれど、家族との時間を大切にしないといけない。
うー、でも、大学側から提示されたTo-DOは残り27!つらいorz
かなり切羽詰まった大事なところではあったが、合格前から宣言していた通り10月末で抜けさせてもらうことにした。先見の明があったわけではないが、準備が全く進んでいないのでこのタイミングで抜けないと厳しかったかもと思ってる。横浜の今の家は引き払い、妻と羽紗は四日市に帰省するので、荷物を実家、祖母宅、四日市に振り分けて運びきらないといけないし、不要な荷物はせっせと処分しないといけない。ビザ取得も事前課題もこれから本腰を入れて手続きだったり課題に取り組まないといけない。渡航前のウォーミングアップに英語漬けにしておかないといけないから英語漬けの環境も作らないといけない。そんな準備だったりを仕事と平行して行うのはかなり難しいと思う。
相当に強引な抜け方をしたので、先輩や同僚、そして後輩達には相当に迷惑をかけてしまったのは申し訳ないと思ってる。そして、暖かく送り出してくれたチームリードのシニアマネージャには本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。彼が最も一番辛い状況においやられているのに、懐の深さは本当に凄いと思う。
実はお客さんへの挨拶を全て済ませたわけではなく、また引き継ぎも少しだけ残ってるので、来週も時間を決めてジョブサイトを訪れることになっているのだが、会えなくなる人もいるかもしれないので他チームのメンバーにもお礼と挨拶をした。今の会社に帰ってくるつもりだが、何だか今日で会社を辞める人のような気分だった。
しかし、感慨に浸ってばかりもいられない。今日でプロジェクトは最後だが、同時に僕にとってはスタートでもあるのだ。
明日は羽紗を連れて国立の実家に帰る。両親に今後のプランについて説明し、「我がまま息子」が妻と子供に迷惑をかけることになるので、僕が日本を離れてからも最大限に家族を助けて欲しいとお願いしにいく。準備はあれど、家族との時間を大切にしないといけない。
うー、でも、大学側から提示されたTo-DOは残り27!つらいorz
2010年10月24日日曜日
Back from Kyoto
今日、京都弾丸旅行から帰ってきた。この週末を過ごしただけ。土曜日は宿についたのは既に16時を回っていた。そして今日も14時の新幹線に飛び乗って横浜まで帰ってきた。毎年、妻のお母さん、兄夫婦一家と泊まりがけの旅行に出かけているのだが、今年は僕の受験の結果が出てからの方がいいだろうということで、このタイミングになった。
宿は炭屋旅館という創業100年になる老舗の旅館に宿泊。女将さんの振る舞いも、玄関から部屋に至る廊下の普請まで、歴史を感じる実に「京都っぽい」宿だった。料理もおいしかったし、上品だった。最後に出てきた白味噌のお味噌汁は、中に入った柚入りのお麩とのマッチングが素晴らしかった。温泉宿のように「これでもか」とてんこ盛りに出てくるとどれだけおいしくても引いてしまうものだけど、一品一品の量は控えめで僕にとっては適量だった。
観光の時間が殆ど無かったのは少し残念。昨晩は三条から四条近辺の河原町界隈をぶらついた。先斗町のおいしそうなお店の軒先に飾ってあるメニューを眺めたり。今日は、新幹線が14時だったのでとりあえず「定番」ということで清水寺を参拝。修学旅行シーズンは既にピークを過ぎているらしいが、それなりに混雑していた。修学旅行シーズンは信じられないくらい混むらしい。観光資源というのは凄い。放っておいても人が来るのだから(笑)
これから日本を離れてしまうので次の旅行は当分先になりそう。それでも今度はゆっくりと家族で過ごせる旅行に出来ればと思う。
宿は炭屋旅館という創業100年になる老舗の旅館に宿泊。女将さんの振る舞いも、玄関から部屋に至る廊下の普請まで、歴史を感じる実に「京都っぽい」宿だった。料理もおいしかったし、上品だった。最後に出てきた白味噌のお味噌汁は、中に入った柚入りのお麩とのマッチングが素晴らしかった。温泉宿のように「これでもか」とてんこ盛りに出てくるとどれだけおいしくても引いてしまうものだけど、一品一品の量は控えめで僕にとっては適量だった。
観光の時間が殆ど無かったのは少し残念。昨晩は三条から四条近辺の河原町界隈をぶらついた。先斗町のおいしそうなお店の軒先に飾ってあるメニューを眺めたり。今日は、新幹線が14時だったのでとりあえず「定番」ということで清水寺を参拝。修学旅行シーズンは既にピークを過ぎているらしいが、それなりに混雑していた。修学旅行シーズンは信じられないくらい混むらしい。観光資源というのは凄い。放っておいても人が来るのだから(笑)
これから日本を離れてしまうので次の旅行は当分先になりそう。それでも今度はゆっくりと家族で過ごせる旅行に出来ればと思う。
2010年10月19日火曜日
これから。
もう既に僕が単身でビジネススクールに行く事については羽紗にも話をしているので、昨日お風呂に一緒に入っている時に「パパとおくに行っちゃうの?飛行機に乗って行っちゃうの?」と言われて、本当に辛かった。「そうだね。パパ遠くに行っちゃうけど、絶対に迎えに来るからね。それまでママとおばあちゃんの言うことちゃんと聞いて、ママのこと助けてあげないと駄目だよ。」と返すのが精一杯だった。
ビジネススクール留学に関しては、自分の我儘、夫として父としての責任放棄以外のなにものでもなく、特に妻と羽紗にはとてつもない痛みを強いてしまっている。これまで貯めたお金を持ちだし、借入までして行くのだ。人でなし、ろくでなしと思われても仕方がない。
だから、、その分、死に物狂いでビジネススクールで学び、その学習経験、ネットワークを卒業後に仕事で活かし、家族のためにも何としてでも成功しなければならないと強く思う。
ビジネススクール留学に関しては、自分の我儘、夫として父としての責任放棄以外のなにものでもなく、特に妻と羽紗にはとてつもない痛みを強いてしまっている。これまで貯めたお金を持ちだし、借入までして行くのだ。人でなし、ろくでなしと思われても仕方がない。
だから、、その分、死に物狂いでビジネススクールで学び、その学習経験、ネットワークを卒業後に仕事で活かし、家族のためにも何としてでも成功しなければならないと強く思う。
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