2010年3月14日日曜日

上には上が。。

土曜日、先日ブログに書いた通り20年ぶりに祖母と再会した。20年の月日ですっかり老けてしまっていたが、当時の面影はあった。ずっと会えなかったが祖母はずっと僕ら兄妹のことは気にしていたらしく、会えてほっとしたらしい。先日倒れて半月ほど入院し、体調もそんなに良くないというのにちらし寿司を用意してくれていた。随分と楽しみにしてくれていたらしい。
祖母と一緒に住んでいる叔父さん・叔母さん一家とも会えた。相変わらず優しい叔父さん、叔母さん。そして2人の従姉妹はもう既に社会人。
元気だった祖父も既に他界していたのだが、お通夜にも告別式にも行けなかったので土曜日に初めてお線香をあげた。民謡の先生をやっていた祖父の部屋には三味線と和太鼓が転がっていた。まともに民謡を教えてもらったことは一度もなかったけど、発表会にはよく行ったのだけは覚えている。病床に伏している時に、僕と妹は元気でやっているかな、と言っていたらしい。何となく「じん」と来た。
たまに会う別れた父は既に再婚し、再婚相手との間に娘がいる。要するに僕と妹にとってみれば「腹違い」の妹。今はハワイに移住していて、滅多に来ないみたいだが、祖母と叔母さん曰く、元気の良い女の子らしい。写真も色々と見せてもらったが我が実妹に顔立ちが似ている・・。半分同じ血が通っているのだから仕方が無い。いつかは会うのだろうか。会いたいと言われれば会ってみたいという気持ちはあるが、まだ中学生だし、再婚相手の気持ちもあるから、当分は実現することはないんだと思うが。
そんなこんなで、会うことがなくなってから、今日までお互いに何があったか。そんなことを皆で話していたらあっという間に5時間くらいが経っていた。20年だ、話すネタには尽きることがない(笑)

それにしても祖母が元気なうちに会うことが出来てよかった。祖父とは直接会えなかったので、こないだ入院したと聞いた時には意地でも会いに行かねばと思っていた。だから、当初は一緒に行く予定だった妹の都合はつかなかったが、1人で会いに行った。今度は妹も連れて行こうと思う。

ただ、僕らの母と結婚し、僕らを養子に取ってくれた父と、連れ子でも孫としてちゃんと扱ってくれた今の祖父・祖母のことを思うと気持ちは正直複雑ではある。だから、今回祖母に会うことは言ってないし、今後も言えないと思う。その分、これまで以上に今の家族とはちゃんと接しないといけない。これまでの愛情に報いないといけないと強く思う。

さて、20年ぶりだ、何て言っていたら上には上がいた。

全英オープンで田児くんが44年ぶりに決勝進出!(44年前に決勝に行ったのは秋山真男さん)

すげぇ。純粋にすげぇ。
かなり調子いいんだと思う。田児くん攻めまくりで、Bao Chunlai上げてばっか。普通こういう展開にならないっすらかね。何せ、相手の方が身長高いし、タッチ早いわ、ショットの角度はあるわで。つまりスピード的には田児くんの方が1.3倍(適当)早く動いているはず。Bao ChunlaiだってLin Danに準々決勝で勝ってるから、調子は悪くなかったはず。そのコンディションは相当のものと思われる。
いや、本当にCoacher's seatsの舛田さん涙ぐんでても不思議じゃないっすよ。本当に凄いもん。
でも、バドミントン愛好者以外にはきっと分からないこの凄さ(悲しい)。
世界選手権が出来るまでは世界一を決めた大会ですからね。
しかも1899年から始まった全英オープンの歴史で記念すべき100回目の超絶メモリアルな今大会でですよ。Smash-netの森田くんとも「これで勝ったら明日は国民の祝日にしちゃおう」と盛り上がっております。

しかし、通訳が西さんだ(笑)
大会運営側もよもや日本人の通訳が必要になると思ってなかったか・・・(笑)


センスの問題?

最近、「かっこいい」と「かわいい」というのは別物だと気づき出した羽紗。だから「かわいい」と言うとおおはしゃぎ、「かっこいい」と言うと何故か切れる。

しかし何故か被るのはアンパンマンのベースボールキャップ。

そらあんた、それに「かわいい」って言わせるのは無理があるぜ。。






2010年3月10日水曜日

20年ぶりに、、、

やばい、先々週からヘロヘロ状態が続いている。でも、何とか朝食時に「葬式?」って言われないように、会話だけは止めないようにしている。

さて、今週土曜日にはもうかれこれ20年近く会っていない祖母と会う。離婚した父親と再会したのは22歳の時で、あの時は14年くらい会ってなかった。うろ覚えながらもそれなりに顔立ちとかは変わってなかったし、認識できないほどのサプライズはなかった。

今回はそれ以上のブランクがある。

20年前で時計が止まっている。僕の記憶はその時写真で撮ったような状態で、そこから全く進んでいない。祖母と一緒に住んでいる、叔母、そして従姉妹2人とも会うことになっている。たった1日で時計が20年進む、と考えるとドキドキだ。。

やばい、あと3分でテレカンだ・・・。誰か、解放してくれ・・・。

2010年3月7日日曜日

僕の仕事


毎朝保育園に通う時、日吉駅の自動販売機を見る度に「あれ、パパの仕事でしょ?」と羽紗に言われる。羽紗の仕事は「アンパンマン」らしいのだが、僕の仕事は自動販売機に隠されているらしい・・。

「羽紗さぁ、最近自動販売機を見るたびに『あれ、パパの仕事でしょ?』って言うんだけど。」と妻に言ったら、「そうね、確かに帰りも自動販売機を見つけると、そう言うわね。」とのこと。

羽紗、、パパの仕事は違うんだよ、、、

でも、3歳に分かる仕事ではないことだけは確かだ、、

難しい。。

そういや、最近、気分転換に絵を描き始めた。妻に教えてもらった「パパ戦記」という、あるイラストレーターさんのブログを見て、触発された。こう見えても私、小学生の時は油絵をたしなんでたので(実家にいくつかその時の作品が残ってるかな)、若干の絵心があり(笑)、羽紗にお願いされるので、アンパンマン書いたり、プリキュア書いたり、動物書いたりとリクエストに答えていた。そんことを続けているうちに、小学生時代のことを思い出し、また書き始めてみようかなと。音楽はまるで駄目なので、そこは妻にお任せだけどね。で、パパ戦記見て、その人のコメントに「本当に毎日ネタにつきない」と言うようなことが書いてあり、「僕もネタならいくらでもあるなぁ」と思って、ちょっと始めてみようかと。毎日は出来ないけど、たまに場面を思い出しながら絵にしてブログにアップしていこうかな。

2010年3月6日土曜日

第2新卒採用セミナーでスピーカー&面接官

昨日は会社の第2新卒採用セミナーで入社体験談のスピーカーをし、そのままマネージャー面接の面接官をやってきた。参加してた人数は大体60人くらいだったかな。書類選考・筆記試験は既に終了した人たちとのこと。先週は殆ど寝れなかったので、本当に、本当に、かなーり眠かったが、スピーカーと面接4人の計5時間頑張った。。

僕も約6年くらい前に今の会社に第2新卒で採用してもらい、入社した。でも、その後実は第2新卒採用は公にはストップしていた。同じく第2新卒として入社した同期は「評判悪かったんじゃね?(笑)」とか言ったりしていたが、実はそんなこと無かったらしい。人事いわく「第2新卒で入社した人たちって結構活躍されてるんですよ。だから第2新卒には期待しているんですけど。」と言っていた。よかった、僕らの評判が悪いわけじゃなくて。

で、初めて採用面接で面接官をやったが、色々と勉強になった。採用する立場から人を見るというのは初めての経験だったから。いやー、大学院の審査官の気持ちが少しは分かったかも(笑)ちゃんと考えて、準備してきた人、そしてこれまで何を考えて、どう行動してきたかというのが、志望動機だったり、職務経歴にちゃんと現れている人というのは、ハードスキルが不十分でも採用したくなる。特に、第2新卒はポテンシャル採用だから、尚更だ。でも、残念だったのは、第2新卒の採用募集が出ていたから応募しましたとでも言えるような衝動的な理由の人が半分くらいいたことだ。「コンサルに興味がありました」と言っているのでで、じゃあ「弊社の社員に話を聞いたりしましたか?」と聞いても、「いえ・・」、とか。「今の会社じゃ・・・が出来ないんです。」と言っている人がいれば、「へー、じゃあそれは今の会社で変えようとしたんですか?提案したんですか?それでも駄目だったんですか?」と聞いてみると、「言っても無駄なので・・。」「いや、言ってません。」「時間が無くて・・」とか。挙句の果てには「やりたいことは特にありません」という挑戦的なことを言う候補者もいた・・。人事よ、ちゃんとスクリーニングしてくれ、、という人もいたりして・・。衝動的に応募したいと思えるくらい、会社としての知名度が高いということなのかもしれないけど、いいことじゃあないよね。火曜日には新卒の面接をやることになっているので、そっちにはもう少し期待したい。

さて、終了後、会場のアカデミーヒルズにマイスター仲間がいるかもしれないと思って探してみたが、いなかった。実は、そのうちの1人に借りている資料があったので、いるなら反そうと思っていたのだけど。もしかしたら席をはずしているだけかもしれないと思って、電話してみた。聞くと、一昨日Harvard Kennedy SchoolのMid careerに出願完了させたとのこと。まだマイスター仲間で合格者が1人(8人中)しか出てないので、合格の報告が届くのを願ってやみません。

2010年3月5日金曜日

コペンハーゲンからの来客

今日はコペンハーゲンオフィス所属で昨年7月のシカゴ研修時に仲良くなったインドネシア人のFennyとその旦那と東京オフィスの仲間2人と一緒にディナーを食べに行った。何故、コペンハーゲンオフィスのFennyが日本にいるのかというと、彼女の旦那であるBrianは物理の研究者で、この3月から兵庫県佐用郡にある理化学研究所のSPring8という研究機関でResident Researcherとして20ヶ月間日本に滞在することになっており、それで一緒についてきたという訳だ。昨年7月の時点では、既にBrianが日本に行くかもしれないということは聞いていた。なので、その時からFennyが日本に来たら絶対にご飯を食べに行こうと約束していたのだ。

食事をしながら色々と話をしたのだけど、いきなりFennyが「Homecountryって言われたら何処って答える?」と質問してきた。何かで聞かれたらしい。「それってコペンハーゲンなんじゃないの?今拠点にしているところでしょ?」と言うと、「いや、説明によると”growing up”したところらしいのよ。」とのこと。

「生まれたということであれば、スマトラで生まれたから答えるのは簡単。でも、”growing up”って言われると難しいわ。だって、その後オランダに移り、そこからデンマークに移ったから、一箇所に絞ることできないから。」と。なるほど。日本で生まれ、日本で育つことが当たり前の日本人にとっては、単純明快な質問も、彼女のように複数の国で育ったバックグラウンドを持つ人間にとっては全く困った質問になってしまう。将来的に人の移動がもっと加速していけば、Homecountryなんていう概念、少なくとも”growing up”した場所という定義は全く意味をなさなくなるかもしれない。Fennyの旦那・Brianも生まれはオランダだが、デンマークを拠点としている。これから日本で生活する、デンマークを拠点としているオランダ人のBrianと、インドネシアで生まれオランダの大学を卒業し、デンマークのコンサルティング会社で働くインドネシア人のFenny。ややこしいが、そんな彼らだから、日本で生活することに対してはあまり抵抗がないらしい。特にFennyは日本語を学ぼうとその学習意欲はかなり旺盛で貪欲。殆どオランダ語がしゃべれない状況でオランダに移り住み、生き残ってきた彼女にとってみれば日本での生活もそんなにチャレンジングには感じられないのかもしれない。

さて、話はFennyの旦那のBrianに移る。Brianに「何か今回の駐在はミッションがあるの?」と聞いてみたら、SPring8で行われている様々な研究のサポートが彼のミッションらしい。SPring8はX線を人工的に発生させるための巨大施設で、Google Earthで検索したら円形の建物の輪郭がはっきりと見えた。彼曰く、日本政府が科学研究に対する投資が大きくて研究者にとって日本は素晴らしい国なんだと。ヨーロッパでもハドロン衝突型加速器やSPring8の様に人工的にX線を発生させる研究施設の建設計画はあるが、日本のように単独政府による投資で実現されるケースはレアで、殆どが複数国による共同出資らしい。日本がそこまで科学技術研究に投資をしているとは 思ったこともなかったから、これには結構驚いた。へー、という感じだった。「そんな感覚、日本人はあまり持っていないと思うよ。」と言うと、Brianは「政府からのコミュニケーションの問題なんじゃないかなぁ。」とのこと。日本は研究開発を重んじて、投資を積極的にする国で、研究者にとっては恵まれた国なのだということをアピールできれば、これから研究者を目指そうとする若者にとっても夢がある話だし、モチベーションになるのかも。分からないけど・・。

OECDの”OECD Factbook 2009: Economic, Environmental and Social Statistics”によれば、2007年時点の日本のR&D投資対GDP比率はSweden(約3.7%)、Finland(約3.5%)に次いで第3位(約3.4%)。3%を超えているのは第4位の韓国までなので、日本はかなり高い水準。R&D投資の絶対額で見ても、アメリカ(27兆円)日本は16兆円ものお金を研究開発に投資している。


でも、これだけのお金を投資しておきながら、日本はIMDの世界競争力ランキングで17位とトップ10にすらひっかからないのは何故か。。職人気質な日本人だから、応用することを知らない?そもそも目的意識がなくてお金だけばら撒いて、実を結んでいない?・・・なんてことが色々と思い浮かんだ。とにかく勿体無い。

ということで、今日の夜は再会も嬉しかったのだが、Brian・Fennyから色々と学ばせてもらい、考えるきっかけをもらった。

2010年3月2日火曜日

抗てんかん剤安定

横浜労災病院に羽紗の血液検査に行ってきた。前日(というか当日)寝たのが4時くらいで、ここのところ睡眠時間が短くてヘロヘロ気味のところ体に鞭打って羽紗をお昼過ぎに保育園でピックアップして向かった。

横浜労災は1歳になりたての頃に熱性痙攣で入院し、それ以後熱性痙攣を起こすたびに労災病院のお世話になり、2歳の時にも入院している(GMAT試験の直前で病院でGMATを勉強した)。小児神経科の先生にかかるようになってからは、脳波検査で半年に1回くらいは訪れているので、かなり常連になっている。なので、羽紗は労災病院に近づくと何かされるのではないかと警戒しているのが明らかに分かる。かわいそうだが、親の役目だからこちらもどうしようもない。前回は血液検査が初だったけど、そこから学習しているらしく、小児科外来の待合スペースで既に警戒モード。名前を呼ばれて診察室に近づくと、注射を見ていないのに泣き出してしまった。前回は最悪なことに研修医の先生の採血が下手でかなり時間がかかったしまった。今回の女の先生はとても上手で、割とあっさり終わった。羽紗は号泣していたけど、前回のような可哀そうなことをしなくて済んだのはよかった。

さて、検査結果。前回の血液検査では正常値50-100のレンジのところ、30台と低かったため、朝夕のバルプロ酸の量を3mlに上げた。その効果で、今回は70台半ばと正常レンジ内に収まり、安定しているので薬の量は変えずに3mlで治療を進めるとのこと。ここから3年間、発作が1回も起こらなければ抗てんかん剤の服用を止め、さらに2年間発作が起こらなければ初めて治療完了となる。勿論、仮に1回でも発作が起こればその時点でリセット。また5年間という長い戦いが始まってしまう。でも、抗てんかん剤を服用するようになってから1回も発作が起こっていないので、薬は効いているんだと思う。朝夕必ず薬を飲まなければならない煩わしさなど、発作がいつ起きるかとびくびくすることに比べればまだマシ。薬が効いているようでよかった。